第11章 AIが富を生むのか、値札を上げるだけなのか
AIは大きな経済効果を生む。
そう言われています。
実際、生成AIによって、
仕事が速くなる。 開発期間が短くなる。 翻訳が安くなる。 調査が早くなる。 ソフトウェア開発のコストが下がる。
こうした変化はすでに起きています。
では、
AIが広がれば、社会全体は本当に豊かになるのでしょうか。
ここで少し、 「マネー」と「富」を分けて考えてみます。
この二つは、 似ているようで違います。
マネーは、 ものを買うための手段です。
富は、 人間が実際に利用できる価値です。
住宅。 食料。 医療。 交通。 知識。 技術。 エネルギー。 サービス。
こうしたものが増えれば、 社会は豊かになります。
一方で、
値札だけが上がる
こともあります。
ここが重要です。
1 R32 GT-Rが50万円から2000万円になっても、車は1台のまま
少し極端な例を考えます。
昔50万円だったR32 GT-Rが、 今2000万円になったとします。
所有者の資産額は増えます。
でも、
車が40台に増えたわけではありません。
性能が40倍になったわけでもありません。
1台は1台です。
値段が上がった。
それだけです。
もちろん、 希少性が増した。 需要が増えた。 文化的価値が上がった。
という意味はあります。
でも、
社会全体の実物的な富が40倍になった
とは言いにくい。
この違いは大事です。
2 住宅価格が2倍になっても、部屋は広くならない
不動産も同じです。
マンション価格が5000万円から1億円になった。
所有者から見ると、 資産価値は上がります。
でも、
部屋の広さは同じ。
断熱性能も同じ。
駅からの距離も同じ。
つまり、
価格が上がること
と
住宅という富が増えること
は違います。
新しい住宅が増える。 性能が良くなる。 交通が便利になる。
なら、 実物的な富が増えています。
でも、 同じ物件の値札だけ上がるなら、 話は別です。
3 「マネーが増える」と「富が増える」は別
この区別は、 AIを考えるうえでも重要です。
AI企業の株価が上がる。
時価総額が5倍になる。
これは、 資産価値の評価が上がったということです。
でも、
医療が5倍良くなった。 食料が5倍増えた。 住宅が5倍増えた。
わけではありません。
もちろん、 株価は将来の利益期待を反映しています。
だから無意味ではありません。
でも、
評価額の増加
と
実物的な富の増加
は分けて考えたほうがよいです。
4 AIが本当に富を増やす場合
では、 AIが富を増やすとはどういうことでしょうか。
例えば、
同じ人数で、 2倍の商品を作れる。
これは富が増えています。
新薬の開発期間が短くなる。
これも富です。
物流が効率化して、 同じ燃料で多く運べる。
これも富です。
教育コストが下がって、 より多くの人が学べる。
これも富です。
つまり、
人間が利用できる財やサービスが増える
なら、 本当に豊かになっています。
5 AIは生産性を上げる可能性がある
生成AIには、 かなり大きな生産性向上の可能性があります。
文章作成。 プログラム。 調査。 設計。 顧客対応。 教育。
多くの仕事で、
同じ時間で多くできる。
これは重要です。
生産性が上がれば、
同じ人数で多く作れる。
同じ量なら、 少ない時間で作れる。
社会全体としては、 かなり良いことです。
問題は、
その成果がどこへ行くか
です。
6 100人分の仕事を10人でできたら、残りは誰のものか
例えば、
100人でやっていた仕事を、 AIを使って10人でできるようになった。
売上は同じ。
人件費は大きく下がる。
すると、 利益が増えます。
その利益は、
社員の給与になるのか。
商品の値下げになるのか。
経営者の利益になるのか。
株主への配当になるのか。
AIサービス会社への支払いになるのか。
ここで、
分配
の問題が出てきます。
7 生産性が上がっても、みんなが豊かになるとは限らない
会社の生産性が2倍になった。
でも、
給与は変わらない。 価格も変わらない。
利益だけ増える。
この場合、
会社は豊かになります。
でも、 社会全体にどう広がるかは別です。
一方で、
価格が下がる。 給与が上がる。 労働時間が短くなる。
なら、 生産性向上の成果が広く分配されます。
AIが社会を豊かにするかどうかは、
AIの性能
だけでは決まりません。
成果の分配で決まります。
8 利益が一部に集中したら、そのマネーは何を買うのか
ここから、 少し話を広げます。
もしAIによる利益が、 一部の企業や富裕層に集中したら、 そのマネーは何に使われるのでしょうか。
所得が増えた普通の家庭なら、
食事。 家電。 旅行。 教育。 住宅。
などに使います。
でも、 すでに十分豊かな人に、 さらに100億円入ったらどうでしょう。
100億円分の米は買いません。
テレビも1000台はいりません。
すると、
投資
に回ります。
9 余ったマネーは資産に向かう
その先にあるのが、
株。 不動産。 債券。 BTC。 美術品。 高級時計。 クラシックカー。 トレーディングカード。
などです。
つまり、
マネーが増えても、 必ず日用品の価格だけが上がるとは限りません。
資産価格に流れる。
この可能性があります。
10 インフレが起きていないのではなく、別の場所で起きているのかもしれない
昔ながらの単純なイメージでは、
マネーが増える ↓ 物価が上がる
です。
もちろん、 今でもこの関係はあります。
でも現代では、
マネーが増える ↓ 一部は消費財へ ↓ 一部は資産市場へ
という流れがあるのかもしれません。
すると、
スーパーの物価は1.2倍。
でも、
マンション2倍。 株3倍。 クラシックカー10倍。
ということが起きます。
「インフレがない」
のではなく、
CPIに出にくい場所で価格が上がっている
とも考えられます。
11 なぜ希少なものが上がるのか
ここで、 少し経済学っぽい話をします。
価格が上がると、 普通の商品は増産できます。
テレビが高く売れる。
メーカーは増産する。
供給が増える。
価格上昇は少し抑えられます。
でも、
東京都心の土地。
古いフェラーリ。
R32 GT-R。
初版のポケモンカード。
昔のギター。
こうしたものは、 増産できません。
需要が増えても、 供給が増えない。
すると、
価格が上がりやすい。
これが希少資産の特徴です。
12 供給が増えないものにマネーが流れると、価格だけが上がる
例えば、 R32 GT-Rが世界に一定数しかない。
そこへ、 世界中の富裕層のマネーが入る。
欲しい人は増える。
車は増えない。
すると、
価格で調整するしかない。
50万円。 500万円。 1000万円。 2000万円。
と上がる。
このとき、 マネーは増えています。
でも、 車という実物の富は増えていません。
非常にわかりやすい例です。
13 希少性は企業が作ることもできる
希少性は、 自然に存在するだけではありません。
企業が作ることもできます。
限定品。
生産数を絞る。
販売地域を限定する。
特別仕様にする。
抽選販売にする。
ブランドイメージを守る。
こうして、
誰でも簡単には買えない状態
を作ります。
14 大量生産より、希少性を売る
昔の産業社会では、
大量に作る。 安く売る。 市場を広げる。
ことが成功の王道でした。
もちろん今でも重要です。
でも、 一部の市場では、
少なく作る。 高く売る。 希少性を守る。
ほうが儲かります。
高級ブランド。 高級時計。 スポーツカー。
などが典型です。
15 高いから欲しい、という市場
面白いことに、
値段が高いこと自体
が価値になる市場もあります。
誰でも買えるものではない。
だから欲しい。
持っていることが、 社会的な意味を持つ。
こうなると、
価格は単なる生産コストではなく、
希少性の一部
になります。
16 AIは、この流れを加速するかもしれない
ここでAIに戻ります。
AIによって、
企業の生産性が上がる。
利益率が上がる。
でも、 その利益が一部に集中する。
すると、
追加のマネーが資産市場へ流れる。
可能性があります。
つまり、
AI ↓ 利益増加 ↓ 資本側に集中 ↓ 資産購入 ↓ 資産価格上昇
という経路です。
17 AI企業の株価が上がること自体は悪くない
ここで誤解しないでほしいのは、
株価が上がることが悪い
と言っているわけではありません。
企業が将来、 大きな利益を生むと期待される。
だから株価が上がる。
普通のことです。
問題は、
株価上昇だけを見て、
「社会が豊かになった」
と思うことです。
そこは区別したほうがよい。
18 AIで100兆円の時価総額が生まれた。では何が増えたのか
少し意地悪な質問です。
AI関連企業の時価総額が、 合計100兆円増えた。
すごいです。
でも、
その100兆円で、 社会に何が増えたのでしょうか。
新しい薬。
新しい住宅。
安い教育。
便利なサービス。
生産能力。
これらが増えているなら、 本当に富が増えています。
一方で、
将来期待だけで値札が上がっている部分
もあるかもしれません。
だから、
AIによって何円増えたか
より、
AIによって何ができるようになったか
を見るべきです。
19 富の源泉は、結局人間ではないか
少し大きな話をします。
地球には、 昔から砂がありました。
シリコンもありました。
金属もありました。
でも、
半導体。
コンピュータ。
インターネット。
AI。
はありませんでした。
それを作ったのは、
人間の知識
です。
同じ天然資源でも、
知識がある社会と、 ない社会では、
生み出せる富が大きく違います。
20 人間の能力そのものが資本
昔から、
土地。 労働。 資本。
が生産要素として語られてきました。
でも、 現代では、
知識。 教育。 技術。 組織能力。
の比重がかなり大きい。
つまり、
人間そのものが、 富を生む重要な資本
だと考えられます。
21 マネーをどこへ流せば、富が増えるのか
ここで、 最初の話に戻ります。
マネーは、 富そのものではありません。
では、
マネーをどこへ流せば、 富が増えるのでしょうか。
例えば、
教育。
研究。
起業。
設備投資。
医療。
子育て。
職業訓練。
こうしたところへ流れる。
すると、
人の能力。 技術。 生産力。
が増える可能性があります。
22 既存資産を買い続けても、富はあまり増えない
一方で、
既存マンション。 既存株。 希少車。 希少カード。
を売買する。
価格は上がる。
所有者は儲かる。
でも、
社会全体の生産能力
はあまり増えません。
もちろん、 市場には流動性が必要です。
売買自体が悪いわけではありません。
でも、
社会のマネーがそこに偏りすぎる
と、
値札ばかり膨らむ
可能性があります。
23 「富を持つ人」と「富を作れる人」は同じではない
ここはかなり重要です。
資産100億円を持つ人が、
100倍の生産能力を持っている
とは限りません。
逆に、
18歳の学生。
若い研究者。
小さな会社の技術者。
には、 ほとんど資産がないかもしれない。
でも、
大きな富を生む能力
を持っている可能性があります。
つまり、
マネーの分布
と
才能の分布
は一致しません。
24 分配は公平だけの問題ではない
所得や資産の分配というと、
公平か不公平か
の話になりがちです。
でも、 それだけではありません。
経済効率の問題でもあります。
能力がある人に、 教育資金がない。
起業したい人に、 初期資本がない。
研究したい人に、 研究費がない。
これでは、
社会が使える才能を捨てている
ことになります。
25 マネーを人に流すと、富に変わる可能性がある
例えば、
100万円を、 すでに資産100億円を持つ人に渡す。
その100万円は、 株や資産に追加投資されるかもしれません。
一方で、
100万円があれば、 新しいことを始められる人
に渡す。
勉強する。
機材を買う。
商品を作る。
会社を始める。
研究する。
そこから、 新しい富が生まれる可能性があります。
同じ100万円でも、
富に変換される可能性
は違います。
26 問題は「誰に配るか」
では、
誰にマネーを配ればよいのでしょうか。
ここが難しい。
政府が選ぶ。
銀行が選ぶ。
投資家が選ぶ。
専門家が選ぶ。
どれも、 うまくいくこともあります。
でも、
将来誰が大きな富を生むか
を事前に完全に当てることはできません。
27 もしかすると、最初はランダムでもいい
かなり変な話です。
もし、
誰が成功するかわからない
なら、
最初の小さな資本だけ、 抽選で配る
という考え方もあります。
全員に薄く配るのではなく、
挑戦したい人の中から、 ランダムに選ぶ。
その後、
成果が出た人に追加資金を出す。
これは、
事前審査
より、
探索
に近い考え方です。
もちろん、 うまくいくかどうかはわかりません。
でも、 少し面白いと思います。
28 「再分配」より「再循環」
私は、
再分配
という言葉より、
再循環
のほうが好きです。
一度配って終わり。
ではなく、
資金 ↓ 人 ↓ 価値創造 ↓ 収益 ↓ 次の人
と回る。
この仕組みができれば、
マネーが富を作る方向へ流れ続ける
可能性があります。
29 AIは、この循環を強くできるかもしれない
AIは、
小さな資本でできること
を増やします。
昔なら、
人を雇わないとできなかった。
専門家に頼まないとできなかった。
高いソフトが必要だった。
そういう仕事を、 一人でも始められる。
すると、
少額の資本から、 富を生む可能性
が高くなるかもしれません。
これは、 AIのかなり面白い使い方です。
30 AI時代の問題は「失業」だけではない
AIの話になると、
仕事がなくなるか
ばかりが注目されます。
もちろん重要です。
でも、 もっと大きな問題は、
AIが生んだ富を、 誰が受け取るのか
かもしれません。
生産性が上がる。
利益が増える。
でも、 一部に集中する。
そして、 そのマネーが既存資産に流れる。
すると、
社会全体の生産性は上がっているのに、
多くの人は豊かになった感じがしない
ということが起きるかもしれません。
31 AIで富を作るのか、値札を作るのか
ここまでの話を、 かなり乱暴にまとめます。
AIで、
株価を上げる。
資産価格を上げる。
利益率を上げる。
もちろん、 それ自体が悪いわけではありません。
でも、
それだけでは足りない。
AIで、
もっと多く作る。 もっと安く作る。 もっと良い医療を作る。 もっと学べるようにする。 新しい技術を作る。 人が挑戦できるようにする。
こちらのほうが、 実物的な富につながります。
32 AIを使って、マネーを増やすのではなく、富を生む
この章で言いたかったことは、 たぶんこれです。
AIを使って、
マネーを増やす。
それも一つの使い方です。
でも、
AIを使って、 富を生む。
こちらを目指したい。
マネーは、 誰かの値札を上げることもできます。
富は、 人の生活そのものを良くします。
この違いは、 AI時代ほど重要になると思います。
まとめ AIの成功を、値段だけで測らない
AI企業の時価総額。
株価。
利益率。
どれも重要です。
でも、
AIが社会をどれだけ豊かにしたか
を考えるなら、
それだけでは足りません。
何が増えたか。
何が安くなったか。
何ができるようになったか。
誰が挑戦できるようになったか。
こちらを見る必要があります。
AIが本当に強い技術なら、
値札を上げるためだけに使うのは、 少しもったいない。
AIで、
人間が使える富そのもの
を増やす。
そして、 そこで生まれた利益を、 また次の人や次の挑戦に流す。
そんな循環が作れれば、 AIは本当に社会を豊かにするかもしれません。
次の章は、 この本の最後です。
5年後、 会社はどうなっているのでしょうか。
正直、 よくわかりません。
なので最後は、 わからないまま考えてみます。